Amazonビデオ アニメ『美味しんぼ』シーズン1 厳選の14回

美味しんぼで好きなのは「恋の鞘当て編」(参考:島国大和のド畜生 美味しんぼ感想1~100巻)なapayamaです。

Amazonビデオにアニメ『美味しんぼ』がきていたので
テレ朝チャンネルでアニメ「美味しんぼ」をずっと見ている私が、Amazonビデオで視聴可能は38回のうちから厳選の14回を紹介します。

Amazonビデオ 美味しんぼ

2. 士郎対父・雄山

海原雄山登場、辰さん、岡星も。栗田さんが自分の事を美女と言ってる。雄山が持ってきた天ぷらをあげる音が聞けるのもアニメの良いとこだ。あげる音が変わったとこが分かるか試してみましょう。負けた天ぷら職人が黙って帰ってくシーンのその後の職人を考えると暗い気持ちになってしまう。

5. そばツユの深味

中川警部登場。声は福留功男。トメさんが怖い人というのが中川警部の声を聞いてると納得できる。

14. 横綱の好物

アラ違いの話。大原社主の間違いを山岡さんに伝える海原雄山の懐の深さを見せる大事な会。福岡に住んで20年だけどアラ鍋食べたことないや。

15. 直火の威力

周大人の娘と駆け落ちした雇われコックを助ける話。店のオーナーの娘と雇われ料理人との恋話は繰り返して出てくるパターン。

16. もてなしの心

山岡さんの子供時代と海原雄山との親子関係を伺わせる大事な回。披露宴での栗田さんの衣装は目立ちすぎではないだろうか。

17. 鮮度とスピード

暴走族を使って牡蠣を運ぶ話。220キロで飛ばしたとか言ってたり、警察に捕まった暴走族を陶人先生と中松警部の力で釈放させる日本の中世らしさを示す回。雄山の言うようにヘリで運ばせろよ。

19. 包丁の基本

板前志望のアメリカ人のジェフが一週間の修行で日本の板前を破る話。アメリカンスピリットをアジアの移民に伝える「グラン・トリノ」みたいな話。

20. 板前の条件

岡星の弟、良三が初登場回。そしてよく見かける雄山の「これを作ったのは誰だ」が出る回。そんなことより岡星が住んでる家には風呂がないのか兄弟揃って銭湯に行ってる。

21. 中華そばの命

みなさんが知ってるオープニング、エンディングになる回。仲違いしている兄弟だが、兄は麺がよくって、弟は茹で方が天才という都合の良い話。さらにとってつけたように栗田さんの先生が競馬で家を立てたってエピソードが最後に出てくるのもどうなのかと思う。同窓会の料理も手抜きなので要確認。

23. うどんの腰

ラーメン三銃士よりも、うどん力屋の三人でしょう。食いもんのウンチクがない回。

24. 鮎のふるさと

アニメでいきなり泣き出す京極さんを見ると本当にびっくりする。原作では山岡さんの料理をカス呼ばわりするがアニメではない。これ試験に出るとこ。ちらっと岡星のバスみたいなのが出てるのでそこも見逃せない。

28. トンカツ慕情

ニューヨークの絵は「38. 母なるリンゴ」でも同じ絵が出てくる。比べられるのもアマゾンプライムの良いところ。

36. 香港味勝負 後編

人間的な魅力に乏しい富井副部長だが、難民の子供に対する優しさを見せるところは見逃せない。さすが引き揚げ経験者。「クンフー大作戦」という投げやりな映画のタイトルも笑える。

37. 黄身と白身

「国際目玉焼き会議」という会議が紹介される回。大原社主のパジャマ姿が見れる貴重な回。社員食堂の料理長、相川が初登場する。モヒカン頭の相川の活躍は「父のコロッケ」を待て。

美味しんぼを知った気になってる人はこの機会に『美味しんぼ』の魅力を確認しましょう。
なお、テレビ朝日チャンネルでは、38回以降の回も観れるので、もっと観たい方は今すぐ契約するといいと思います。
平日の朝、6時からやってるので朝の準備をしながら見るには最適です。
美味しんぼ|アニメ・特撮|テレ朝チャンネル

『狂った日曜日おれたち二人』にジョン フルシアンテは何回でてくるか

イタリアの90年代前半を舞台にした青春小説。映画にもなってるらしい。

イタリアはボローニャに住む高校生男子、アレックスとアレックスの彼女、アメリカ留学をきめてるアイーダの二人の青春の話。映画化もされてる。

日本語訳のタイトルが『狂った日曜日おれたち二人』ですが、原題は『Jack Frusciante e’ uscito dal gruppo』。イタリア語がまったく分からないけど、『ジョン フルシアンテ グループ脱退』が直訳なんじゃないかな。元レッド・ホット・チリペッパーズのジョン・フルシアンテがグループ脱退したってタイトル。

タイトルに冠してるのでどれだけジョン・フルシアンテについて言及してるかと思い、調べたら2回だけ。
1回目は学校で

ブラッド・シュガー・セックス・マジックの中ジャケのジャック・フルシアンテみたく、常軌を逸した顔つきで

学校を歩こうとするという狂った人の例として。

2回目は物語の後半で音楽雑誌でジョン・フルシアンテの脱退を知る。(1992年の脱退時の話)主人公アレックスは当然、理解できない。

金はザクザク降ってくるし、ワールドツアーに出かけられるようになった今だ。ゴールドディスクにグラミー賞に、名声に安定に、放っておいても向こうからやって来るという

のに脱退してしまい

多分一人になったら彼はただの人だろう

と。

まったく、こんな、見たところ何の結果も生まない選択をするなんて腑に落ちない

と思う。

ちなみにレッチリに関しては2回出てきてフリーみたいな髪型という比喩とレッチリのライブのビデオのケースにアダルトビデオを隠すという2回。物語の中でいろんな曲を聴いてるけどレッチリを聞くというシーンはなかった。数えてないけどポーグスのほうが言及されてるはず。

ジョン・フルシアンテの脱退のニュースを知り主人公が考えを巡らすシーンは割と長く、青春を描く小説の中ではアンバランスな感じがした。同じくアンバランスな印象を受けたシーンはマフィア撲滅のシンボルの判事が暗殺されることに憤慨するシーン。
暗殺された判事は無難に仕事をこなせばいいのに、どう考えても無理な戦いに挑んだ人、ジョン・フルシアンテの脱退は将来が約束されてたのに何の展望もなく決められた道を外した人。
青春の真っ只中にいる人間なら、道を踏み外す人間に対して心揺さぶられるのではないのかな。

『A3』 共同体からの逸脱は怖い

ドキュメンタリー映画『A』、『A2』の監督森達也によるオウム関連ドキュメンタリー、でも今度は書籍(月刊PLAYBOYの連載)。ちなみに自分は『A』、『A2』を観てない。

本書を読んで自分が強く思ったのは共同体からの逸脱は怖いという事。
麻原の裁判の進め方は彼の様子からは早急なものに思わされる。独房で糞尿を垂れ流し,ウッ、ウッしかいわない人物が訴訟能力があるとする。二審弁護団が依頼した6人の精神科医は訴訟能力なしとしている(P.248)が高裁から依頼された医師によって訴訟能力ありとされた。
異常だとは思うがこのことを指摘することの人の少なさ。オウムの裁判は早く済ませろといわんばかりだ。

小泉首相は27日夜、オウム真理教元代表・松本智津夫(麻原彰晃)被告に対する死刑判決について「あれだけの大犯罪ですからね。死刑は当然ですね。もっと早く裁判が終わっていればいいんですけどね。被害者はやりきれない思いでしょうね。悔しい思いもよく分かります」と語った。(P.92)

須田賢裁判長は進行協議の場で新たな弁護人を前に「裁判は二年で終わらせる」と語ったという(P.273)

麻原の子供達の一連の入学拒否の事例をみていると、同じく子供をもつ身としては悲しい事例だ。特に自分は大学は学びたい人に応えられる場所だと思っていたので、三女の大学入学拒否の事例は許せないものを感じた。
(三女の大学入学拒否に関しては裁判でくつがえされ、入学できたとあるので他の入学拒否の事例でも裁判では麻原の子供達の思いは認められているのかもしれない)

憲法、法律違反なことがあっても「オウムだから」と特別扱いされ当然のようにされていく。共同体を維持するには逸脱者へのペナルティがないといけないという理屈は分かる。ただそれは現在は憲法や法律がその役割であって、憲法、法律から逸脱したやり方は近代国家のありかたではない。ましてや、子供達は関係ないではないか。

森達也はオウム関連事件は側近の麻原に対する過剰な忖度からおきた暴走という考えから、

麻原と側近たちとの相互作用によって教団内部の危機管理意識が高揚し」(P.450)

たことで事件が起きたという考えにたどりつく。麻原を生物学用語のレセプターに例え、レセプターの好む情報(危機意識を煽る情報)を側近が(捏造も含め)集めたとする。このレセプターの例えは日本国民とマスコミの関係にも例えられている。私たちも「オウム=絶対悪」という好む情報ばかり与えられているのだ。

麻原がオウム設立前に薬事法違反容疑で逮捕された時の担当で麻原に同情的である言葉の刑事がオウムの選挙活動を見かけて

世間知らずにもほどがある(P.314)

もう少し社会体験や実績を積み重ねて、世間から認められるようになったら選挙もいいかもしれない。
(P.315)

と言いたかったとある。刑事の言うことはもっともだと思う。教団の中では誰もおかしいと思わなかったのだろうか?オウム真理教という共同体の中でおかしいと指摘する事は出来なかったのだろうか?
オウムの選挙活動はおかしいと言えるのは違う共同体の規範からの視点だ。だとすれば、同じように一つの共同体の規範に縛られることなく他の視点を持つことは出来るのではないか?それとも所属する共同体から逸脱しないように生きるしかないのか?

あとで読むかも、観るかも

おすすめ

ルビタグ

xhtml1.1でルビを振るしかた

  • <ruby>:ルビが振られているテキストに使用
  • <rb>:ルビを振られる文字に使用
  • <rp>:ルビタグが対応していない環境で表示される文字に使用。括弧とかに使用
  • <rt>:ルビの内容に使用

実写版『妖怪人間ベム』みてて
(ベラ)
ってしてみたかっただけです。

<ruby><rb>杏</rb><rp>(</rp><rt>ベラ</rt><rp>)</rp></ruby>

単純ルビマークアップはなんとなく分かるんですけど
複雑ルビマークアップはよくわかりません。
つかってみたけど意図してない表示になってます。

・複雑ルビマークアップしてみた例
ベラあん

以下ルビタグをつかってみた文章。行間をcssで調整してあげないとちょっと見苦しいですね。

実写版『妖怪人間ベム』面白いですね。ベム達妖怪人間よりも人間社会に居場所がいない人がいっぱい出てきて人間ってそんなのでよいのか?と考えさせるのが見てて面白いです。エンドロールで(ベラ)ってでます。杏ってベラって読むのかよ、って面白かったのです。
でも杏って書いてベラって読んでもいいほどハマり役なんじゃないかと思います。
それから劇中の北村一輝の靴下が大体赤色なのも不思議です。

別ページで作成してみてます

『ラーメンと愛国』

『ラーメンと愛国』読みました。
太平洋戦争当時は実現出来なかった大量生産は、チキンラーメンに代表される戦後の商品で実現されるが、現代では職人技のラーメン屋がもてはやされるようになったという歴史的視点は興味深いです。
経済のグローバル化に伴う外食産業の価格戦争に吞み込まれず、むしろ価格があがっているラーメン業界。「作務衣系ラーメン」などによる高付加価値を加えるラーメン店によるものということらしいです。画一化が進む世の中で独自性(大量生産でなく職人技)を保つ事(地方ラーメンもその類い)でグローバル化に対抗しているのです。
その一方でラーメンポエムやオーナーの自伝本などに見られるラーメンの右傾化がすすんでいるとの事。(ラーメンの右傾化!)グローバリゼーション(外圧)がすすめばナショナリズムの高揚をもたらすという二者の関係性がラーメンを通じて見られて面白いです。

ラーメンの右傾化については以下のようにあります。

ラーメン的愛国心の大本が、ニセモノであること、捏造された伝統であることは、問題ではないのだ。人々は、それを自明のものとして、「伝統の捏造」を、リアリティーショー的、遊戯的に行っているだけだけなのである。

(本書でも指摘がありますが)いまどきの作務衣は日本の伝統と関係なかったり、ご当地ラーメンが地方の食材や歴史と関係ない偽史だったりするのですが、ラーメンの右傾化や20世紀後半のナショナリズムがそれらを問題としない「<趣味的>ナショナリズム」というものであるということです。

ナショナリズムを批判するときに、伝統や正統性を掲げるナショナリストに対して、その伝統や正統性がまがい物であることを突きつける

上記のことをしがちな自分は態度を改めようと思いました。(伝統や正統性がなくっても問題にしない人たちにそんな指摘をしても無駄ってのが分かったのが一番の理由だけど)このような批判はタマネギの皮を剥くようにいつの時代からだったら正統性があるのかって疑問に辿り着くからです。

一方で、グローバリゼーションや画一化に対抗できるからといって、伝統や正統性をないがしろにしたナショナリズムには違和感は捨てきれない自分がいます。出身が富山県なんですけど、昨今の富山のブラックラーメンのブームは地元を離れた人間にしてみれば「ブラックラーメン、何それ?」が正直な感想だったりします。(育った時代とか関係してるんでしょうけど)いつしかブラックラーメンを知らない人は富山県人じゃない、みたいな感じになったりして。さらにどこどこの本店で食べてないと駄目みたいになったりして。右傾化でこわいのはそういうところです。

そんなこんなでBGMでジャズをかけてるラーメン屋を好きにはなれそうにないなー。

あとで読むかも

Hello world!

鳩尾痛い。